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  日本語の違和感(日本語について)  -  2006.03.13.Mon / 00:00 
 最近、正しい日本語がにわかにクローズアップされている。北原保雄さんの「問題な日本語」がベストセラーになったり、正しい日本語と言うものに国民の関心が集まっているようだ。(大袈裟?)生活していると耳障りだなと感じる日本語はあちらこちらで聞こえてくる。「ご注文は○○でよろしかったでしょうか。」「っていうかぁ」「アタシ的には…」など、最近は散々耳にするようになったのだが何度聞いても違和感を払拭しきれない。今は間違いとされていても、そのうち大勢の人が使い定着しそれが正しいの日本語となるのだろうが、先に挙げた言い方はまだまだ私にはストレスとなるし、正しい日本語となる日は来ないような気がする。
けれど、以前は違和感を感じていたが、この頃は自分でも良く使うようになった言葉がある。それは、「全然~ある(肯定)。」だ。「全然」の後には「ない」と否定の言葉がくるのが正しい日本語だと思ってきたのだが、ここ10年ほどで自分自身使うことに違和感を感じなくなってしまっているのだ。「全然大丈夫だよ。」なんてしょっちゅう言っている。時々考える。この、「全然~ある(肯定)。」はもう市民権を得ているのだろうか?やはり間違った日本語であり、これからも定着することはない一時的なものなのだろうか。
 こうして自分のことを振り返れば、人の日本語に突っ込んでいる立場ではないわと思いつつも他人の変な日本語に日々ストレスを感じながら生活をしている。


「日本語について」3回位の予定で続けて書いてみます。
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No.14 / 雑念 /  comments(8)  /  trackbacks(0) /  PAGE TOP△

ブログ拝見しました。初めてお便りいたします。私もほぼ貴殿に同感であり、私のサイト内でも「正しい日本語のページ」なるものを敢えてつくり、いろいろと提言いたしております。
扨、「ぼく的には、~」とか、「私的には~」という表現は論外でありますが、ぼくは、とか私は、と直接に言えばいいのに、敢えてぼやかす表現がはやっているのには、多くの人が取るべき責任をとらないという、不誠実で無責任な態度の蔓延が一番の理由であると思います。「ご注文はよろしかったでしょうか。」についての不快感の表明は、ほかのブログでも見つけまして、私なりの意見を述べたことがありますが、よろしいですね。と現在の時点で捉えることをしないで、過去の話のようにいうのも、要するに、今現在のお客の言葉を正面から受け止めるという潔い責任ある態度をとらないことに通ずると思うのです。それが私の考えです。
尚、「全然~肯定」文については、かつて、大正~昭和初期の文豪である漱石とか芥川などでは普通の文であったとの未確認情報もあります。言葉本来の意味としては、全然というのは、全くということですから、0%でもいいし、100%でもよい筈ですよね。だから、全然だめといった否定の意味でしか使えないというのは、これも一時的な流行にすぎなかったのかなと私は考えています。「全然大丈夫」などという言い方は、ちょっと愉快で良い表現であると感じております。
私のホームページ「唯根行政法務事務所」トップ下「正しい日本語のページ」http://www.atagoyama.jp/~yuine308/   ぜひご覧ください。 それでは、機会があればまたお会いいたしましょう。 行政書士 唯根大尚(ゆいねひろなお)

2006.06.25.Sun / 15:06 / [ EDIT ] / PAGE TOP△

追伸、扨、北原保雄氏の『問題な日本語』が紹介されていましたが、私は同著をまだ読んでおりませんが、そもそも、問題な+名詞という表現はこれでよいのでしょうか。 
「問題な」というのは、「問題だ」という形容動詞の連体形にあたるのでしょうかねえ。それなら正しいともいえそうですが、問題だというのは、問題という名詞 と だ という助動詞の合わさったものではないのかな。まだ、きちんとは調べていませんが。そうだとすると、問題なという言い方で、形容詞みたいに用いるのには疑問、少なくとも違和感があります。
例えば、「問題な表現」とか、「問題な手法」とか、「問題な判断」とかお聞きになったとき、全く違和感ありませんかね。「問題のある日本語」とか、「問題のある判断」とか言えば極めて自然なことばですよね。私も今一度、きちんと調べてみたいと思います。

2006.06.25.Sun / 15:17 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
from かすみ

行政書士 唯根大尚(ゆいねひろなお)さん
こんにちは 
「~的」という表現が、取るべき責任をとらない不誠実で無責任な態度の蔓延というご意見なるほどと思いました。
私が感じているこの「~的」は、他人との差別化をしたいときに使われる印象があります。オピニオンリーダーやファッションリーダーや芸能人と言われる人たちが独自の衣食住のスタイルを持ちメディアに取りあげられ「オレ流」などといわれたりします。「~的」も自分の生き方・スタイルを一つのブランド化し他人との差別化・優位性を表現しようとする為に使われていると感じるのです。しかし実績、才能、努力する事なしに自分をブランド化するから滑稽なのではないかと考えています。

「全然~否定・肯定」についての本当のところは解らないのですが、どちらでももう使ってしまっています。


「問題な日本語」は恐らくこの本のタイトルとしてあえて間違えた日本語を使ったのだと思っていました。

日本語が乱れていると言いつつ、私自身の日本語もけして正しいものではなく本当は大きな声では言えません

2006.06.27.Tue / 22:35 / [ EDIT ] / PAGE TOP△

かすみさん、お返事ありがとうございます。
『問題な日本語』は、わざと間違えていたのですか~。なるほど~、そういうことか。しかし、最近は、洒落(しゃれ)でわざと間違えて言っているのか、単に間違えているのか、わからないことが多過ぎるのではないでしょうか。つまり、もはや常識的な表現をされる方が多数であると安心していられる状況ではないのではないかなあ。だから、正確に表現できる人は堂々とそうすべきであって、わざとなんか間違えて欲しくないのであります。昨今では、誤解を招く危険が大きすぎるような気が致します。それともなんだこれは?と思ったのはぼくだけなのでしょうか。

扨、僕的 私的という言い方が、他者との差別化を図って使われる面があるというご指摘は、やや意表を突かれた感じです。
ただ、私の印象では、ぼく的 私的といった表現は、むしろ、私が~とかぼくは、~とはっきりいわないで、敢えてぼかしておいて、あとで、君は~~といったではないか、と指摘されたときに、いいえ必ずもそうは言っていませんよ。ぼくがではなく、ぼく的といっていたに過ぎません。と逃げを打っている方が多数のような気がします。
もっとも、差別化を図るつもりの場合も確かにありそうですね。その場合は、要するに、ちょっと格好つけているわけですね。
これと似た表現として、つまりは、格好つけているわりに中身がない表現と私が感じるのは、「ある意味では~」というやつですね。
これは一見、緻密な表現です。しかし、「ある意味とは、具体的には、どういう意味ですか?」 と聞いてみたら、ご本人はおそらくは明確には答えられないでしょう。つまり、まだ、ご本人の頭の中で、精緻に分析されてはいない段階なのです。しかし、恰(あたか)も精緻に分析したかのようなふりをしている、単に格好つけているだけなのだと思います。野球解説者にも、こういう表現を多用する人がいますね。しかし、ある意味という表現は、必ず、より正確に・より具体的に表現できる筈です。
例えば、「打者の立場からすれば、~」 とか、「リードされているチームの監督の意識としては~ 」とかいえると思うのだなあ。ちょっと、脇道にそれてしまったでしょうか。失礼しました。
ではまた。

2006.06.29.Thu / 20:48 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
from かすみ

行政書士 唯根大尚(ゆいねひろなお)さん
コメントにお返事しようと思いつつ、随分日にちが経ってしまいました。
HPの「正しい日本語のページ」読みました。思わず膝を打つ説得力と、なんとなく感じていたことが鮮やかに文章にしてある爽快感があり一気に読んでしまいました。

日本語の乱れについて考えるほどに、私は自分自身の日本語の間違いやいい加減さに気づかされて他人に苦言を呈している場合じゃないなと思います。また乱れたおかしな言葉遣いの方が、面倒なく使いやすく、手軽で便利と思うこともしばしばあります。

責任逃れに「~的」とぼやかして表現するのは、直球でズバリと言わない日本文化に起因するのでしょうか。「言わずと知れた」や「そこんところ宜しく」など核心を言わずに話を進めるための言い回しって多いですよね。それでも話が進んで、事が進むのは、島国日本だからで単一民族だからなんだろうかと考えます。

2006.07.07.Fri / 00:56 / [ EDIT ] / PAGE TOP△

■かすみさん、お返事ありがとうございます。また、私のhpの「正しい日本語のページ」をお読みいただきまして、更には、温かいお褒めの言葉までいただきまして、大変嬉しく存じます。
■扨、「~的」とぼかして表現する意味について触れておられますが、確かに、ズバリと言わない日本文化に起因するという面はあると思います。ただ問題は、かすみさんがなんとなく文中で仄めかしておられるように(笑)、そこには効用だけでなく、弊害もあるという点なのです。
■はっきり言い過ぎると、人間関係に角が立つことになりがちです。だから、それとなく仄めかすことで、相手に伝わるのであれば、それに越したことはありません。平穏無事でいられるからです。敢えて、人間関係をぎすぎすさせるのは愚かなことといえるでしょう。
■そういった実用的な問題以前に、以心伝心で、つまり、言わなくてもわかるという人間関係というものに、大いなる美点を見出してきたのが大和の国の人々・我々の祖先だったのではないでしょうか。“いとをかし”の精神とでもいうのでしょうか。趣がある、心の琴線に触れるといったやや情緒的な繋がりに重きを置いてきたのが大和民族日本人だったのではないでしょうか。
■夫婦関係においても、「愛してる」なんて言葉、恥ずかしくていえるか、分かりきっていることは今更言うまでもない。というのが日本人的発想。仰るように、「言わずと知れた」こととして、相互に理解し合っていればそれはそれで良い筈なのです。
■これに対し、米国などでは、一日の内、一度も愛しているといわないと、それだけで夫婦間で訴訟問題に発展したりするようですが、こういった直接的にズバリそのものを言わないとわからない人間関係というものは、どちらかというと程度の低いものとして軽蔑する傾向があったのが日本人だったように思います。
■問題は、日本人全体が、どちらかというと米国人的に、言わなければわからない人たちになりつつある? のに、分かった振りをして、曖昧に言ってごまかす傾向が出てきた点でしょう。それと、前々からご指摘しているように、何事につけても無責任な姿勢の蔓延とが悪い方向で結びついてしまったように思います。つまり、日本人だからはっきり言わなくてもわかる筈という、古来日本人がもっていた美点を、現在の自分は殆ど失ってしまっているのに、都合のよいときだけ援用してしまうのではないでしょうか。それが「ぼく的には、~」「私的には、~ 」といった表現が蔓延する時流の根底にあるものではないでしょうか。
■“曖昧に言うだけでもわかる”というのは、現在では幻想に過ぎない。そこまで言わなくとも、相手に通じないことが多くなってきているのではないでしょうか。だから、はっきり言うべきときは、文字通り、はっきりと言うべきなのです。
■言うべきことをはっきりと言うという事実が、良識ある人たちによって繰り返されることを通じて、再び、“言わなくてもわかる時代”を迎えるのが理想といえるでしょうね。長々と失礼しました。ではまた。

2006.07.08.Sat / 18:32 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
from かすみ

行政書士 唯根大尚(ゆいねひろなお)さん
きっぱりとしたご意見、いつも気持ちがいいです。
“言わなくてもわかる時代”は、もう日本には来ないような気もします。地球に国境がなくなれば(ついでに宗教もなくなれば)そうなるかもしれませんが、全てが「多様」になっている今、例え恋人同士でも見つめ合い頷きあっていれば全て通じるなどという事はありえなくなってくると考えています。そういう文化を否定するわけではありませんが、日本独自の古来の美しい文化からしたら害虫であることも確かだと思いますし、非常に残念にも思います。

2006.07.15.Sat / 00:13 / [ EDIT ] / PAGE TOP△

かすみさん今日は。
■“言わなくても分かる時代”はもう来ないようにお感じになるのは、無理もない気がいたします。でも、やはり希望は捨てないでおきましょう。
■日本語の乱れがここまで末期的症状であるにもかかわらず、それでも正しい日本語について述べようされているネット上での発言の多さには正直びっくりしております。
~Yahooで「正しい日本語のページ」という検索を掛けると、239万件もありました。~
日本語の乱れに危機感をもっている方はまだまだ大勢いるということですよね。ただ、それらの発言が世の中を動かすまでには至っていないというのが現状なのでしょう。あるいは、ネット上で匿名なら堂々と?発言できるが、面と向かっては何もいえないといった姿勢が、こそこそと悪いことをするのと似たようなところがあるために、説得力に欠けるという面があるのかもしれません。そこまで言うか!! と言われてしまいそうですね。
■最近、爽やかにスポーツしたあとで、「お疲れさま~」なんていわずに、「さようなら」と挨拶しましょうねという提言をいたしました。暇つぶしに遊びにきてください。
http://www.atagoyama.jp/~yuine308/nihongo08.html
ではまた。


2006.07.24.Mon / 14:57 / [ EDIT ] / PAGE TOP△
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