日常できごと の記事一覧 
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  女性専用車両  -  2006.09.21.Thu / 00:00 
 初めて女性専用車両に乗った。選んで乗ったのではなく、たまたま乗った車両がそうだった。空いていると聞いていたが他の車両と同じくらいの混雑で、ドアが開いてざっと見渡すと頭数としては他の車両と変わらない印象だったのだが、やたら空間がある。人と人との隙間から更に向こうがよく見える。そうか、女性って男性と比べると華奢で細くて小さいんだなと実感する眺めだ。7人掛の席も7人ゆったり座っている。こうして女性ばかりの空間にいると、男性というのは随分質量のある生物なんだなとつくづく。またねっとりした湿気も無く、体臭(加齢臭)も無いので乗った時、どんよりした動物的匂いで空気の存在を否が応でも感じさせる重たさも無く、爽やかで軽やかな空気が流れていた。しかし女性の場合、香水という悪臭を発している人が時々いる。ほのかに香るのならいいが、凶器のように匂い立って人が乗っている可能性も高い訳で更にシャネルVSブルガリの戦場に出くわしてしまうことも有得る。しかしそういう事が無ければだいたい女性専用車両は気分良く乗れそうだと思った。

 2日後、又たまたま女性専用車両に乗った。最初に乗った時より空間の空き具合や、空気の爽やかさを実感しなかった。慣れただけ。というより、自分も女性だということなんだろうな、すぐ順応している。
  何ていえばいいの?  -  2006.09.05.Tue / 00:00 
 山手線で駆け込み乗車をした人の荷物が挟まり再度ドアを開けたりして発車時間が遅れた。動き出してから車掌が駆け込み乗車をしないよう注意を呼びかけるアナウンスをしたのだが笑ってしまった。
「駆け込み乗車をされますと、荷物や体が挟まり大変危険です。またお子様と生き別れになってしまうことも考えられます。くれぐれも駆け込み乗車はしないよう…云々…」
戦後の混乱期の日本じゃないんだから生き別れにはなかなかならないだろう。と心の中で突っ込んだのだが、じゃあなんて言えばいいのかというのは急には思い付かなかった。駆け込み乗車で、親子じゃないにしても連れと別れ別れになっている人は時々見る。
「…親子が別れ別れになることもあります。」
「…親子が別々になることもあります。」
「…親子でホームと電車に分かれてしまうこともあります。」
「…お子様が乗り遅れホームに残されることもあります。」
コレが一番自然かな、なんて色々考えているうちに4つ先の下車駅に到着した。そして咄嗟に言おうとしたら私も「生き別れ」と言ってしまうだろうなと思った。何しろ100円ライターの「液」のことを「たれ」と発言してしまったのはついこの間だ。
  今はさようならができない  -  2006.08.26.Sat / 00:00 
 ピアノが弾けるってことは、人生で楽しいことが増えるってことだと信じている私は、息子にも是非弾けるようになって欲しいと考えている。だがまだ小さすぎて、弾くどころか鍵盤をしっかり下まで押し込めるほどの指の力さえない。弾くのはまだ先、習うのはもっと先だ。
 しかし、私が弾いて子供と一緒に歌を歌うなら十分楽しめるだろうと久しぶりに鍵盤に指を置いてみた。そしてがっかり。音が狂っている、そればかりか出ない音、戻ってこない鍵盤もある。考えてみれば仕方がないことで、仕事を始めたあたりから十数年殆ど弾かず、4年前の引越しの時も移動させたにも関わらず調律をしていない。
 よし!修理・調律をしよう、ついでに光沢を失った外装も鏡面艶出しでキレイにしてもらおうと早速ネットで探したピアノ修理会社に見積もりに来てもらった。だいたいの金額を聞いてその場で即決、修理の日程を決めてと話はとんとん進むと思っていた。
 でも、話は行き詰まり、見積もりに来てくれた人には「ゆっくり考えてみます。」とだけ告げて帰ってもらった。行き詰った内容を詳しく書くと長くなるので手短に記すと、壊れている箇所が致命的で修理にはかなりの金額がかかる事、外装も磨いただけではきれいにならず塗装のし直しが必要という事。つまり内も外も新品同様にしようとすると、送料など全部込みで最低でも35万~40万円はかかるという事だ。それならブランド物の新品のピアノが買えてしまう値段だ。新品同様にせずとも外装はあきらめるとか、4~5年もつ程度に直すとかの方法もあるのだが修理会社の人曰く「コストパフォーマンスだけで言えば、新品か中古のいいものを買ったほうがお得。」とのこと。ならば新しいピアノに買い換えればいいのだが、そう簡単に踏み切れないものがある。

 「あとはお客様の気持ちの問題です。」
と言われた。そう、そうなのだ。ずっと放ったらかしにしてきたこのピアノに、自分がこんなにも愛着を持っているとは思ってもみなかった。簡単に直りすぐに再び弾けるようになると思っていたものが、手放すことを考えなければならなくなるとは予定外もいいところだ。3歳の時からずっとそばにあったピアノとの思い出が蘇る。才能もなくさほど上達もしなかったが、母に叱られながら半泣きで練習したこと、発表会に向けて結構頑張って練習したこと、譜面が読めるようになり、沢山の曲が弾けるようになり流行の曲を弾き語りしたり、学校や仕事場で嫌なことがあって泣きながら弾いたり、当り散らしながら弾きまくったり…。大袈裟ではなく、成長する私の傍にいつも地味だけど居てくれたピアノだ。今ではすっかり日陰の部屋に追いやられ、物置きみたいに上に本やらガラクタやらが乗せられている。しかしいざとなると思い出が多すぎて手放せない。そして手放せない理由がもう1つ、両親がローンを組んで私の為に身を削って買ってくれたピアノなのだ。代々に渡って使えるほどの代物じゃないと言われても一生そばに置きたいし息子が使ってくれればこんな嬉しいことはない。けれどもどうやらそれは無理。現実問題、お金に余裕があるでもなし、住宅事情もあるし、音の出ないピアノを息子に弾かせるのも嫌だ。

 考えたり迷ったりする理由もなく私が出すだろう結果は解かっている。しかし、新しいピアノは今すぐ必要な訳ではない。思い出は徐々に整理していこう。母の「あれは一生ものじゃないんだから気にしないで新しいものを孫には買ってやって。」という言葉を自分の気持ちに重ねていこう。そうしたら1年後くらいには感謝と共にさようならが出来るような気がする。



 下取りに出してもタダ、逆に運送料がかかる可能性もあると言われたこのピアノ、手放した後はどうなるのか聞いてみたら、中国では引き取ってもらえず恐らくベトナムで第二の人生となるそう。随分身勝手な考え方だがスクラップにされずに誰かが弾いてくれるというのは救いだ。


  二十歳にして耳順う  -  2006.08.10.Thu / 00:00 
 ミスが発覚したので、その仕事をした本人(後輩 男)に訂正をお願いした。
私「ここ違っているので訂正してください。コレは○○です。」
後輩「え、そうですか?」
私「前にも間違えていて、直したところです。」
後輩「ああ、そうかも知れませんが…」
私「内容を理解してやっていますか?」
後輩「ええ、解かっていますが…」
彼のとの会話にだんだんイライラしてきた。そうかも知れないと言うのなら、そうですか?と聞くな。殆どの会話を、「~ですが…」で終わりにするな。そう言われると「で?なに?」と聞きたくなる。だいたい、第三者のミスを彼と話しているのではなく、彼のミスについて彼と話しているのだ。なんでこんなに人事のような受け答えなのだろう。

 彼に限らず、最近入社してきた若者にこういう話し方をする人が多い。間違いは間違いなのだ、また同じ間違いを繰り返すってこともたまにはあるでしょう、だから訂正すればいいのだ。ただそれだけのことなのに、どうしてもっと真摯に受け止めようとしないのだろう。それとも真摯に受け止めているのだけど、日本語の使い方が解からなくてそういう態度が伝わってこないのだろうか。この溢れる自信はどこから来て、何に裏打ちされているのだろうか。いや、私には理解に難い。

 先月も、4月に入った新入社員が辞めたのだが、研修期間も終わり、配属先でぼちぼち仕事を覚え始めようと言うところ「この会社の社風は、自分に合わない」という理由で辞めた。社会をどれだけ解かって、会社をどれだけ知ってそういう発言に至ったのか。社風を語るなんぞ10年早くないか?新入社員にして恐るべき自信と完成度だ。孔子もひっくり返る、今は二十歳にして、立ち惑わず天命を知っている。

 前出の彼、
「解かっているなら、次からよろしくね。」
と言うと
「ああ、そうですね。」
と答えてくれた。
「そんなん最初から解かってたよ、みたいな言い方するなら、最初からミスするな!!」
と叫びながら、飛び蹴りしたい衝動が走った。
  水族館  -  2006.07.27.Thu / 00:00 
 先日、息子と息子の友達家族数人と水族館に行った。雨続きで外で遊べず、なんとか外に連れ出さないと家では収まりきらない元気印の子供を抱え、色々考えた結果外の室内に連れ出すことにして行ってみた。息子はまだ水族館を楽しめる年齢でもないし、私自身も小さな水族館だからと楽しむつもりはなかった。
 しかし、しかし、とてもよかった、これが!
 息子は「おおっー!」とあちこち指をさしながら感激し「おちゃか。おちゃか。(お魚 お魚)」と大きな水槽前で足踏み鳴らし手を叩いて、感動の加減を表現している。わたしも、ほの暗い碧い水の中をゆらぁ~と通り過ぎるサメやらを見つめしばし、別世界への旅へ。巨大な水槽を前に魚たちを見ていると、自分か魚かどちらが閉ざされた空間にいるのか解らなくなる。気持ちは勝手にゆらゆら水中遊泳、魚になってた。
 そして、アシカショーに。開演ぎりぎりに飛び込むと満員御礼大盛況。最前列中央しか席が空いておらず、できれば騒がしいお子様方は隅の後ろのほうがよかったのだけど、ずうずうしくも最前列中央へ。子供たちは初めて見るアシカにこれまた感動の嵐、ショーも最後まできちんと楽しんでスタンディングオベーションでアシカたちを見送った。親たちも久しぶりに童心に帰りこれまた大笑いで楽しんだ。腹を抱えて笑うなんて滅多にしないことをしてきた。つまりバカ笑いだ。
 昼食後には子供たちはベビーカーで夢の中へ、親たちはのんびりとコーヒータイム。

 昨日、一緒に行った友達から写真をもらった。子供を抱いて二人で水槽を見ている写真。行ってよかったとつくづく思う写真だった。魚を見つめる息子の真剣なまなざしと、口を開け呆け顔で放心している私。

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