こども の記事一覧 
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  せっせとお祭り  -  2006.09.04.Mon / 00:00 
 お祭りや盆踊りには全く興味がなかったので今までその季節になっても足を運ぶことはなかったが、息子が喜ぶかもしれないと今年は近所のお祭りに連れて行ってみた。そして季節も終わってみれば5度お祭りに行った夏だった。最初は音やちょうちんに怯えていた息子だが、地元商店会の名前の入った手ぬぐいを首にかけてもらいうちわを貰えばその気になったか、踊りの輪の中へ。前の人のお尻に顔をぶつけながらも何周もやぐらの周りを回った。振りはメチャクチャ背中を押してやらないと前へ進まずだったけど、顔は真剣そのもの「帰ろうか」と言うまで踊りの輪についてチョコチョコ歩いていた。それ以来、家ではおもちゃの太鼓を祭り太鼓宜しく「どどーん」と言いながら激しく打ち鳴らし「ぼーり行く?(盆踊り行く?)」と聞かれる毎日。なもんだから近所のお祭りをチェックしてせっせと足を運んだ。

 私は、盆踊りに行くのもましてや踊りの輪に入るのも久しぶりだったが色々なことを感じた。

 単純な振りの繰り返しで輪になって回り続けるといつしかそれに没頭し頭の中が空っぽになってくる。子供の背を押しながら周りを見ると陶酔しているかのように踊っている人たちがいる。特に短い振りの繰り返しで1曲が長い郡上踊りは陶酔気味に踊り続けている人が多く、私もいつしか何も考えずに回り続けていた。本人にそのつもりはなくてもまさに宗教儀式のようだった。(そもそもそういうものだったんじゃないかと思うのだけど詳しくは解からない)

 いつもは人気(ひとけ)のない夜のお寺の境内に作られるお祭り会場は、普段の大通りの喧騒とは全く異なる空間で独立し且つ閉ざされている。そこは赤いちょうちん、出店、浴衣、太鼓、踊りと全て昔ながらで懐かしく心地がいい。会場を後にいつもの大通りに出た時、夢から覚めたような感覚に囚われる。内と外の境界線ははっきりしていて、まるで『千と千尋の神隠し』のラストみたいに、祭り会場が異空間に思えてくる。

 そして私はこの土地の人間なんだなぁと実感したのは、役員席とか会場本部席で手ぬぐいやうちわを配っている人たちや会う面々が昔ながらの知った顔、なじみのおじちゃんおばちゃんたちだという事。これもなんだか嬉しかったりした。訪問者の多い町なので普段道を歩いていても知らない顔ばかり、地元のなじみと会うことは殆どないのだが、こういうところに行くと「こんばんは~」と気軽に挨拶ができる。

 そんな訳で今年の夏祭り廻りは親子二人で十分楽しみ、早くも来年の季節が楽しみだ。


  フルネーム記念日  -  2006.09.03.Sun / 00:00 
 我が子が初めて笑った、立った、歩いた、しゃべった日というのは親にとっては嬉しい記念日となる。息子もそういった小さな記念日を迎えながら大きくなってきたのだが、最近はとんと成長の節目の何かがなくなっていた。それだけ大きくなって、ネタも尽きてきたというところなのだろうが8月22日に思いがけない成長の記念日がやってきた。今まで自分のことは保育園でつけられたあだ名で呼んでいたのだが、突然自分の名前をフルネームで言ったのだ。「言ってごらん」とこちらがけしかけて言わせたのではなく突然「○○○ ○○クン!」とご丁寧にクンまでつけて自分を指差しながら言ったのだ。
 こうして文章にして書いてみるとあまりにもプチで「だからなんだよ」な出来事なのだが、私は心底嬉しかった。フルネームを言う息子に驚きながら、異常に喜んでいる自分にも驚いたよ。

 だから忘れないように書いておく。
 8月22日 息子が自分の名前を言えた記念日。

  拍手喝采  -  2006.08.09.Wed / 00:00 
 大人になると、人から注目を一身に集めたり、拍手喝采されたりすることって滅多にない。舞台やステージに立つ機会がある人は別だが、それでも会場にいる人全員の心を掴み、興奮と感動の嵐に包まれるなんてなかなか難しい。

 先日、保育園の公開保育というものがあった。親が子供のクラスで半日一緒に過ごし、後で先生と面談をするのだ。子供の様子や保育園での過ごし方を見るのが目的だ。学校で言えば授業参観みたいなものだが、学校のそれと違うのは1日に一人の子の親だけだという事。勿論この日は仕事を半日休まなければならないのだが、私はとても楽しみにその日公開保育に行った。外遊び、おやつ、手洗い、昼食、お着替え、お昼寝と勝手知ったる子供たち11人と、三面六臂の活躍の先生3人とでその日のメニューがこなされていく。親の私一人がよく解からずハラホレヒレハレ。
 外遊びから帰ってきて手を洗って全員着替えさせて昼食なのだが、ランチのテーブルセッティングに大忙しの先生方は待ち状態の子供たちの遊びになかなか付き合えない。『立ってるものは親でも使え』まさに言葉通り、「かすみさん、ちょっと子供たちに紙芝居読んでて貰えますか?」と言われ有無を言わさず渡された。いやー、無理ですぅ、なんて言ってる間もなく「今日は、○○ちゃんのママが紙芝居を読んでくれまーす。」ってもう紙芝居を手に持たされた時点で子供達ももれなく回りに集まってきている。
 タイトル「お化けちゃんのナンチャラ」(忘れた)
知らない話だし、紙芝居なんて読むの初めてだし、どうやって読めば・・・なんて言ってる場合じゃない、子供達の視線は既に全員私に向いている。うちの子も、焦る親の心知らずで座っている。もう読むしかないと、読み始めた。ページをめくって裏側の文章を読み始めると、見てる、見てる、もの凄くストレートなまなざしで全員絵に集中している。反対側で読んでいるこちらが圧倒されそうになるくらいの集中力だ。紙芝居は裏の文章部分に、めくるときの指示が書いてあり『さっとめくる』とか『ゆっくり徐々にめくる』とかある。場面が変わると、「おおっー!!」と声を上げる子供達につられてこちらも棒読みから、だんだん興に乗ってきて、気持ちをこめながら声を潜めたり、大きく読んだり、頁をさっとめくったり。佳境に入れば、身を乗り出し、思わず立ち上がり、「あっ!」と声を上げて指をさしたりする子供達のパワーに押されまいとこちらも感情たっぷりに読んだ。そして最後に「おーしーまいっ!」と締めくくれば、もう全員拍手喝采。そんなに喜んでもらえるなんて「いやー、皆なぁ一生懸命聞いてくれてありがとう。」と全員と握手したい気分だ。
 さて昼食のセッティングもすっかりでき、「お昼にしましょう!」の声に子供達は隣の部屋の自分の席に移動する。先生に、「読んでみてどうでした?」と聞かれ思わず、「こんなに注目されて、感動されると、幼児相手と言えども快感ですね。」というと先生も「そうなんですよね。みんな本当に集中して物語の中に入り込んで聞いてくれるから読んでいても嬉しいんです。」と言う。

 気持ちを偽ることなくまっすぐに表現する子供達の素直なパワーに感動し、物語をただの作り物として終わりにするのではなく、その世界に入り込み無限に遊べる能力に驚いた。
 そして本当に喜んで、声を上げ拍手をして貰えるのはこちらとしても快感だ。
  0歳からのバレエ教室  -  2006.07.28.Fri / 00:00 
 0歳児からのバレエ教室の見学・体験に行ってみた。現在、息子に習わせたいと望んでいるわけではないのだが、幼児の教室があり、見学・体験させてくれるのをたまたま知り、遊びのつもりで行ってみた。私自身は踊りが好きなので、結構楽しみに行ってみた。
 幼児クラスは親が付いて一緒にやる。体操教室やリトミック、保育園のお遊戯と一番違うところは、例えオムツをしていても美しく、ということだ。ちょっとびっくり。先生が「プリンセスになりましょう。」と声をかけ、ディズニーの美女と野獣やリトルマーメイドのピアノ曲を流すと、2歳の子供たちが一人ずつ、自分たちの思うそれぞれのプリンセスになりフロアの端から反対端の親のところへステップを踏みながら来るのだ。親は小さなプリンセスを手を広げて迎える。男の子はナイトだ。ナイトのようにかっこいいステップ。
 さて体験レッスン、我が子の番。突然みんなの注目を浴びたものだから泣いてしまい、涙と鼻水でくしゃくしゃの顔で、万歳の格好で、リトルマーメイドの曲とともに嗚咽しならこちらに走ってきた。まぁ、そうなるわな。
 0歳でも受け入れてくれるそのクラスだったが、見に行った日は2歳児ばかりだった。この年齢で美しく踊ること、きちんと綺麗に挨拶をすることを教えていることに最初は、早すぎると感じたのだが、別に悪いことでもないなと思った。嫌がる子供に無理強いしているわけでもなく、さりげなく楽しく教えている。この位の年齢の子供は曲にのって踊るのがとても好きだし、大人が思いもしない想像の世界にも簡単に入り込み楽しむことができるのでプリンセスやナイトになんてすぐなれる。

 レッスンが終了して、次のクラスの子供達が入ってきた。すこし年齢の高い3~5歳のクラスだ。レオタードやチュチュを着て入ってきた子供たちを見て、ああなるほど!と0歳からレッスンをする意味が少し分かった気がした。彼女達が先生に美しく挨拶をする姿は気持ちがいいくらい優雅で、一瞬未来のプリマを垣間見たようだった。顔かたちそれぞれ違う子供たちだが一様にオーラがあると感じた。これが物心付かないうちからレッスンを始める理由なのかと思った。赤ちゃんのうちからその世界に、その雰囲気の中に置いておき、踊らずとも見せて感じさせる。実際大人になって、どうなるかは分からないのだが、品格・優雅さ・オーラ・華など机上では学べないものを身につけるひとつの方法としては有りなのかも知れない。
  子供のおかげで  -  2006.07.20.Thu / 00:00 
 子供を欲しいと思わない夫婦が増え少子化に拍車がかかっているという。色々な理由があるだろうが、自分の時間がなくなる、やりたいことが出来なくなる などの理由から子供を持たない人が少なくない。私も子供を持つ前は、子供に縛られ自分の時間を失うことが嫌だった。でもそれは違った。いや、違ったと完全否定するのは語弊がある。部分的には違った…と言うべきか。自分の時間が持て、やりたいことが存分に出来る時もあるのだ。

 大人だから出来ないことって意外と沢山ある。例えば、外で歌を歌うこと。いい大人が一人道を歩きながら大きな声で歌を歌っていたらちょっとヘンな人だ。でも子供と一緒なら別に変じゃない。子供にリクエストされて最初は外で歌うのなんか恥ずかしくて嫌だった。けれど今ではすっかり平気。ベビーカーの子供にも聞こえるくらいの声で、散歩しながら歌を歌うのって結構気持ちがいい。「外で歌なんか歌いたくないよ」という人もいると思うが、お風呂で歌ったり、家で一人のときや家族だけがいるときに鼻歌を歌ったりする人は沢山いると思う。それが楽しいとか気持ちがいいと思える人なら、外で青空の下で歌を歌うこともきっと楽しくていい気分だと思う。
 また、砂場で泥団子を作ったり、砂山を作りトンネルを作り水を通したりする。これもとても楽しい。大人一人でやったら怪しい人だが、子供と一緒なら何の問題も無い。子供と一緒に砂山をプラスチックのシャベルでぺたぺた叩いているとストレスなど一気に吹っ飛び一心不乱に作品を作りあげる。「こんなことやりたかないよ」という人もいると思うが、土をこねてみたい、ろくろを回してみたいと、陶芸に憧れている人なら、土いじりの醍醐味も味わえるはず。陶芸と一緒にされちゃぁというかも知れないが、泥の中に手を突っ込む快感や、形を作って並べる面白さは味わえると思う。

 大人になったからという理由で出来なくなってしまった子供の遊びがもう一度出来るって意外に楽しいのだ。世間体も遠慮も躊躇もなく子供と一緒になって遊べば、それは自分の楽しい時間となる。子供の為に自分の時間を失ったという感覚はない。

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